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前橋地方裁判所 昭和39年(ヲ)19号 決定 1964年5月21日

申立人 東京繊維株式会社

右代表者代表取締役 清水源次郎

右訴訟代理人弁護士 木村賢三

中山新三郎

相手方 中沢繊維工業株式会社

右代表者代表取締役 中沢忠三郎

右訴訟代理人弁護士 松井邦夫

主文

当裁判所が、昭和三九年(モ)第一一二号仮処分物競売申請事件において、相手方の申請により昭和三九年四月一六日なした換価命令はこれを取消す。

相手方の換価命令申請を却下する。

訴訟費用は相手方の負担とする。

理由

第一、異議申立の趣旨

主文第一、第三項同旨

第二、異議の理由の要旨

一、前橋地方裁判所は、昭和三九年(ヨ)第二六号有体動産仮処分命令申請事件において、現に執行吏保管中の別紙目録記載の物件に対し、相手方の換価命令の申請につき、同裁判所は同年(モ)第一一二号事件として同年四月一六日これを認容して換価命令を発した。

二、しかしながら、仮処分の目的は、そのものの現状維持にあつて、交換価値の維持ではない。従つて仮処分とその本質を異にする仮差押につき定められた民事訴訟法第七五〇条第四項は仮処分に準用せられることはない。目的物を換価するならばかえつて本案の請求権の目的物を失わしめる結果となつて、仮処分制度の趣旨に反することになると思われる。従つて、係争物に関する仮処分である本件において、その目的物を換価することは許されないものである。

三、仮に一歩を譲り仮処分の場合換価が許されるものとしても、民事訴訟法第七五〇条第四項の準用は極めて例外的な場合であつて、安易に許されるべきではなく、債務者も換価に同意しているような場合、目的物が鮮魚貝類のように日時の経過により滅失若くは全く価値を失なつてしまうような場合にのみ慎重になされるべきものであつて、本件はかかる場合に該当しない。

四、仮に右主張がいれられず、仮処分においても広く換価命令を発し得るとする立場によるとしても、本件目的物は日時の経過により「著しき価額の減少を生ずるおそれ」もなく「貯蔵につき不相応なる費用を生ずべき」ことにも当らない。本件目的物であるシロツプモヘヤメリヤス糸一二番双糸は、羊毛、合成繊維を混用紡績するもので原料は特に精選のうえ、染色し撚糸加工により双糸としたもので、高級紡毛油剤を使用してあり、期間の経過により変質毀損し、著しい価額の減少を来すことは考えられない。また各五瓩宛ハトロン紙により完全包装し、更にこれを一〇個宛同様包装のうえ木箱内に箱詰となし、現在宗川産業株式会社倉庫内に保管されており、防湿は完全で梅雨期にいたつて変質することなどあり得ない。しかも本件は冬物用セーターの原料であるから早急に製品化しなければ原糸の品質の低下による価額の下落のおそれも考えられないところである。

結局、本件換価命令は法律の解釈若くは適用を違つた違法があり取消さるべきものである。

第三、当裁判所の判断

一、当裁判所昭和三九年(ヨ)第二六号有体動産仮処分命令申請事件、同(モ)第一一二号仮処分物競売申請事件記録によれば、当裁判所は昭和三九年三月一七日申請人保管にかかる別紙目録記載の物件に対し、相手方の申請を相当と認め、保証として金七〇万円を供託させたうえ、執行吏保管の仮処分決定をなし、更に同年四月一六日、右物件を現状のまま保管するときは虫害変色等によつて毀損せられ使用不能の無価値のものとなるおそれがあることを理由とする相手方の換価命令申請を認め、右物件を競売して売得金を供託する旨の換価命令をなしたことが認められる。

二、そこで先ず仮処分事件において民事訴訟法第七五〇条第四項の準用がなされ得るかについて考察する。

係争物に関する仮処分の本質は申立人主張のとおり、目的物そのものの現状維持を図りその物自体をねらう権利のための強制執行保全の制度であることから、換価することは許されないとする見解も有力であり、この点をめぐつて学説、判例に争いのあるところである。(例えば消極説をとるものとして、申立人引用の大判、昭和三年六月二〇日、民集七巻四六六頁。東高、昭和二六年八月二二日、高民四巻三五一頁。兼子・強制執行法三三四頁。加藤・強制執行法要論三八二頁。などがあるが、反面積極説をとるものとしては、大判、昭和九年二月八日民集一三巻一七九頁。東高、昭和二六年六月七日高民四巻一八五頁。大高、昭和二九年三月二五日判例時報二七号九頁。吉川・判例保全処分五五九頁、五六八頁。同・強制執行法一七九頁。菊井・民事訴訟法(二)、三八五頁。菊井=村松・仮差押仮処分、三三二頁。柳川・保全訴訟三七六頁。などがある。詳細については岡垣・仮処分の目的物と換価命令、判例タイムス三八号。)

当裁判所は積極説の立場を是認するものである。仮処分の本来の目的は消極説主張のとおり特定物給付を目的とする権利のための執行を保全することにあり、換価をなすことはかえつて本来の目的物を失なわしめることになつて、仮処分制度の趣旨にそわなくなることは原則論として認め得るところである。しかし仮処分において保全の目的が全て特定物の給付に固執し目的物の個性に着眼してなされるものとは限らず、一般に給付請求権が財産権から発するものの場合には、その物のもつ交換価値、経済価値の把握、即ち財産的利益の維持把握を主たる目的とする場合が多いのであつて、客観的にも主観的にも金銭的補償によつて代替される場合が考えられるのである。そうとすれば日時の経過によつて目的物の価値の著しい下落、腐敗、毀損滅失を生ずるような場合、或は保管のために目的物の経済的価値をはるかに上廻る費用、労力等を要する場合等には、その事情と、利益の比較検討、当事者双方の意思目的、目的物の個性等を併せ考慮したうえ、換価を許容し、権利の客体に代るものとして売得金を保管しておくことが妥当であり、仮処分制度の趣旨から背反するというよりもむしろ合致するものと解される。消極説のいうごとくこのような場合にあらためて損害賠償債権等の金銭的請求権を被保全権利として目的物を仮差押したうえ換価するとか、或は仮の地位を定める仮処分によつて売却する等の迂遠な方法を求めることは、形式的論議にすぎるし、執行の迅速を求める保全制度本来の目的にも合致せず経済社会生活の要請にも答えぬものと考える。

従つて、消極説の立場によつてなされた申立人の異議理由は採用できないところである。

三、次に仮処分における民事訴訟法第七五〇条第四項の準用についての要件を検討する。

当裁判所は前示のように準用を認める積極説に立つものであるが、仮処分は金銭債権を担保するための仮差押と異なり、直接には金銭的給付を目的とするものではなく、目的物の特定給付請求権の保全を目的とするものであるから、換価についてはその要件を厳格に解すべきであつて安易に決定すべきものでないことは申立人主張のとおりと解される。

しかしながら必ずしも申立人主張のとおり債務者も換価に同意しているような場合或いは目的物の滅失若くは全く価値を失なうような場合等に限定される理由はなく、民事訴訟法第七五〇条第四項に定める「著しい価額の減少を生ずるおそれあるとき」「貯蔵につき不相応なる費用を生ずべきとき」の要件につき、前記のとおり当事者双方の意思目的、目的物の個性、換価によつて得る利益と損失等、主観的客観的事情や保管の経過、内容等の事情等を総合考慮して、仮差押の場合に比して厳格に判断すれば足りるものと解する。

四、そこで、本件物件が右民事訴訟法に定める換価をなし得る場合であるか否かについて検討する。

前記当裁判所の動産仮処分命令申請事件記録、仮処分物競売申請事件記録、本件昭和三九年(ヲ)第一九号強制執行の方法に関する異議事件記録を総合して認められる事実は次のとおりである。

(イ)  本件目的物は、申立人会社製造加工にかかるシロツプモヘヤメリヤス用紡毛糸一二番双糸で、原料は南アからの羊毛と合成繊維からなり、これに東邦化学工業株式会社の紡毛油剤を使用して混合のうえ精紡機にかけてよりをかけ双糸となしたもので、染色は群馬整染株式会社においてなされたもので主として昭和三八年秋頃に加工されたもので、その用途は昭和三九年冬物用のセーター原糸とされるものである。

(ロ)  本件目的物につき、東京横網メリヤス工業組合理事長、宗川産業株式会社々員、大成物産株式会社東京支店長、山英商店主、及び相手方会社代表者等は、本年梅雨期を経過することにより虫害の危険を生じ、或は湿気による影響により変質変色、減量を生ずるおそれがあると述べている。また、相手方会社代表者申立によれば本件目的物は主として冬物用セーターとして加工の上市販されるものであつて、加工製造は本年の四、五月頃に終り、六月以降には防虫防縮加工のうえ、販売過程におかなければならないものであつて、本年六月を経過してしまえば本件目的物は全く無価値に等しいものとなるという。

(ハ)  これに対し、太田メリヤス工業組合理事長、伊勢崎毛織協同組合理事長、東邦工業株式会社取締役、吉沢新太郎商店々主、藤尾メリヤス工場代表者、群馬整染株式会社代表者、東京油剤株式会社代表者及び申立人会社代表者等によると、本件目的物は申立人会社の一九年にわたる信用と技術によつて加工製造されたもので梅雨期の経過によつて滅失毀損のおそれのないことは勿論、品質の低下をきたすことはなく、今日までも梅雨期を経過したものでも使用されており、紡毛糸の市価は近時高騰を続けており急反落する危険はないと述べている。

(ニ)  ところで、申立人の依頼による群馬県桐生繊維工業試験場の本件目的物の同種のシロツプモヘヤメリヤス用紡毛糸一二番双糸に対する鑑定試験によれば、洗濯、熱湯、水による結果は洗濯試験の際変褪色が認められた以外は変褪色はなく、貯蔵中異常な温度湿度の上昇による汚染の危険が考えられる以外には、通常の管理保存がなされる限り汚染、変色の危険は認められないこと、変質についても同糸に含まれた油、水に対する試験によればその危険は考えられないこと、虫害については適切な鑑定が困難であるが、善良な保管措置がなされる限り心配はないこと、以上の点が認められる。

(ホ)  本件目物の保管状況は、五瓩ごとに一括としてハトロン紙に包装され、更に一〇個づつまとめて、更にハトロン紙によつて包装されたうえ、木箱一七六個、ダンボール八個に詰められ、宗川産業株式会社の原綿倉庫内(木造、平家、瓦葺)北側五分の二程の個所に通風を考慮したうえ積まれて保管されている。

(ヘ)  右保管の経過については、当初東邦工業株式会社倉庫内に保管されていたが、相手方の申請により昭和三九年三月三〇日宗川産業株式会社倉庫に保管換がなされたが、右倉庫は納屋ともいうべき粗末なものであつて、戸締はなし得るが湿気、雨水のふりかかるおそれありとの執行吏の判断指示によつて同年四月七日再度保管換がなされ、現在の同社原綿倉庫に保管されるにいたつたものである。

以上の事実関係、その他諸般の情状を総合して検討すると本件係争の目的は、それほど物自体の個性に着目されるものはなく、むしろ物自体のもつ交換価値、経済価値の把握に力点がおかれるものであると解され、金銭的補償によつても容易に填補し得るものであつて、換価の対象として考慮し得るものであることは明らかであるが、民事訴訟法第七五〇条第四項にいう「著しい価額の減少を生ずるおそれ」がある場合と認めることは困難である。相手方会社代表者等は梅雨期の経過をもつて直に無価値に等しくなると主張するが、同人等の申述をそのまま採用することは出来ない。本件目的物が梅雨期を経過することによつて虫害、変色、褪色、変質によつて価値の減少を来たすか否かについての当事者双方の主張は全く相対立し、その提出した疎明資料の大部分はそのいずれかの系列に属する会社、商店等利害関係者のものであつて、これのみをもつて、いずれか真なるかを決することは困難であるが、第三者の立場にあつて特別の利害関係を有せずかつ科学的客観的判断にもとずいたものといえる群馬県桐生繊維工業試験場の試験結果は十分に信用出来るものであつて、保管方法さえ妥当であれば本件目的物につき著しい品質の低下のおそれがあるとは考えられないところである。そうして、現在の保管方法は妥当な管理運営下になされていると認められるところである。勿論、相手方等主張のとおり現段階において本件物件に加工をなし、セーター等を製造のうえ市場の流通におかれる場合に比較して、本件物件の経済価値が日時の経過につれて減少し、品質にも低下をきたすことは事物の性質上十分に考えられるところであるが、これは保全制度にともなう必然的結果であつて、その程度の損失負担は当事者双方の予想しなければならないところであり、この解決は本案訴訟の迅速適正な終決を待つ以外にないものと解され、この事由をもつて換価をなし得ると解することは出来ない。また、本件物件の貯蔵につき不相当な費用を要する場合とも考えられない。

結局本件については、目的物を競売により換価なし得る要件を未だそなえていないものと解するが相当であつて、この点についての申立人の異議は理由がある。

五、以上により、相手方提出の疎明資料のみにもとずいて当裁判所が昭和三九年四月一六日なした昭和三九年(モ)第一一二号仮処分物競売申請事件の換価命令は、前記認定のとおり申請人提出の疎明資料等全記録を総合して検討した場合、未だ換価をなし得ない段階にもかかわらず、決定されたもので失当なものと解されるから申立人の異議を認容して、これを取消し、相手方の換価命令申請は理由がないから、本決定においてこれを却下することとし、訴訟費用は相手方の負担とする。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 大塚喜一)

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